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ベルリン協定 ベルリンきょうてい

百科事典マイペディアの解説

ベルリン協定【ベルリンきょうてい】

1972年6月,米・英・仏・ソの4国が調印。ソ連は西独〜ベルリン間の交通・通信連絡の確保および西ベルリン市民の東独入国許可などを約し,西側3国は西独と西ベルリンの結びつきの維持などを宣言。

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世界大百科事典内のベルリン協定の言及

【アフリカ】より

…84年11月15日から85年2月24日まで実に100日余にわたってつづけられたベルリン会議は,こうした無秩序のアフリカ分割競争に一定のルールを課するとともに,既得の権益を相互に調整したうえで,これを国際的に承認することを目的として開催されたものであった。ビスマルクの主宰のもとにイギリス,ドイツ,オーストリア,ベルギー,デンマーク,スペイン,アメリカ,フランス,イタリア,オランダ,ポルトガル,ロシア,スウェーデン,オスマン帝国の計14ヵ国が参加して開かれたこのベルリン会議は,全7章,38条からなるベルリン協定を締結してその幕を閉じたが,同協定の主要部分は,コンゴ盆地の自由貿易(第1章)と中立化(第3章),コンゴ川の航行の自由(第4章)などを取り決めたいわゆる〈コンゴ盆地条約〉と,奴隷貿易の禁止に関する宣言(第2章),ニジェール川の航行の自由に関する協定(第5章),アフリカ大陸沿岸部での新規の領土併合に関するルール取決め(第6章)などからなっていた。このうち〈新規の領土併合に関するルール〉こそは,アフリカ分割の大原則をなすものであって,これ以後のアフリカの命運を大きく左右する結果につながったのであるが,それは具体的には,今後アフリカ大陸沿岸部で領土併合を行う場合,その国は,(1)ベルリン協定調印国にこれを通告し,利害の調整を行うこと,(2)併合地域に,ベルリン会議で合意した条件のもとで他国の既得の権益と通商・航行の自由を確実に守ることのできるような権力の実体を確立しなければならないこと,の2点からなっていた。…

※「ベルリン協定」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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