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マヌーチフリー Manūchihrī, Abū al-Najm Aḥmad

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マヌーチフリー
Manūchihrī, Abū al-Najm Aḥmad

[生]? ダームガーン
[没]1040頃
ペルシアの宮廷詩人。最初の保護者ジヤール朝マヌーチフル王から雅号をとったといわれ,のちにガズニー朝スルタン,マスウードに仕えた。「自然の詩人」の異名で知られるように自然描写が巧みで,頌詩の導入部には多くの自然を詠み込んだ。ムサムマト詩形の最初の作詩者としても名高く,『マヌーチフリー詩集』 Dīwān-e Manūchihrīには古典アラビア詩の強い影響も指摘されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マヌーチフリー
まぬーちふりー
Ab al-Najm Amad Manchihr
(?―1040)

ペルシアの詩人。ダームガーンに生まれ、ガズナ朝のスルタン、マスードに仕えた宮廷詩人。自然描写に巧みで「自然の詩人」の異名で知られる。ムサムマト詩形を最初に用いた詩人としても名高い。約2700句からなる『マヌーチフリー詩集』は古典アラビア詩の強い影響を受けた頌詩(しょうし)が主体をなし、頌詩の導入部にはいつも自然が詠み込まれている。[黒柳恒男]

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世界大百科事典内のマヌーチフリーの言及

【ペルシア文学】より

…10世紀後半に先駆的詩人ダキーキーの後を継いで,イラン建国からササン朝滅亡に至る神話,伝説,歴史をテーマに作詩に着手し,30余年をかけて約6万句に及ぶ大民族叙事詩《シャー・ナーメ(王書)》を完成させたのがイラン最大の民族詩人フィルドゥーシーである。 11世紀初頭から13世紀にかけてトルコ系ガズナ朝,セルジューク朝の支配が続いたとはいえ,これらの王朝も文化的には完全にイラン化してサーマーン朝以来の伝統的文化政策を踏襲したため,異民族王朝支配下においてもペルシア詩は隆盛の一途をたどり,11世紀前半ガズナ朝スルタン,マフムードの宮廷には400人ものペルシア宮廷詩人が仕えていたといわれ,桂冠詩人の制度が設けられ,ウンスリー‘Unṣurī,ファッルヒーFarrukhī,マヌーチフリーManūchihrīらの頌詩詩人が活躍し,ペルシア古典詩の主流になった〈ホラーサーン・スタイル〉を確立し,アラビア語彙を多く採り入れて表現をさらに豊かにした。11世紀後半から12世紀前半にかけてのセルジューク朝支配時代にはペルシア詩は質量ともに最高潮に達し,宮廷詩人としてはムイッジーMu‘izzīをはじめ,頌詩の最高詩人アンワリーが現れた。…

※「マヌーチフリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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