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マリア・クリスティナ María Cristina de Borbón

世界大百科事典 第2版の解説

マリア・クリスティナ【María Cristina de Borbón】

1806‐78
スペイン王フェルナンド7世の王妃。両シチリア王フランチェスコ1世の娘。1833年王の死後,3歳の娘イサベルを王位に就け(イサベル2世),摂政に就任。その際,王弟カルロスが王位継承を要求し,第1次カルリスタ戦争が勃発すると,自由主義勢力の支援を受け対抗した。そのために自由主義進歩派による農地改革など急進的な改革を実施,進歩的な37年憲法を制定した。39年,戦争を終結させた進歩派将軍エスパルテロの人気が高揚し,また彼女自身の近衛兵との秘密結婚の醜聞が不評を買い,40年エスパルテロの蜂起で摂政を放棄し,フランスへ亡命した。

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世界大百科事典内のマリア・クリスティナの言及

【スペイン】より

…一方,台頭してきたブルジョアジーや独立戦争において主役の座に躍り出た民衆は,教会をはじめとする旧体制の権威からしだいに離反する動きを見せ始めていた。そうした深刻な経済・財政危機と新たな時代の胎動の中で,33年,フェルナンド7世は病没し,生後まもない王女イサベル2世(在位1833‐68)が母君マリア・クリスティナを摂政として王位を継いだ。しかし,この王位継承に対して,フェルナンド7世の弟ドン・カルロスを擁立するとともに,地方の特権を求める北部のカトリック伝統主義勢力(カルリスタ)が異論を唱え,ついには内乱へと発展していった。…

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