ミハイル バリシニコフ

  • Mikhail Baryshnikov

現代外国人名録2016の解説

職業・肩書
舞踊家,バレエダンサー バリシニコフ・アーツ・センター芸術監督 元アメリカン・バレエ・シアター(ABT)芸術監督

国籍
米国

生年月日
1948年1月28日

出生地
ソ連ラトビア共和国リガ(ラトビア)

別名
愛称=バリシニコフ,ミーシャ〈Baryshnikov,Misha〉

専門
モダンダンス

学歴
リガ舞踊学校,ワガノワ・バレエ学校卒

受賞
ニジンスキー賞〔1968年〕,エミー賞〔1979年〕「Baryshnikov at the Whitehouse」,ヴァルナ国際バレエコンクール金賞〔1966年〕,モスクワ国際バレエコンクール金賞〔1968年〕

経歴
1967年レニングラードのキーロフ・バレエ団(現・マリインスキー劇場バレエ団)に入団、アレクサンドル・プーシキンに師事。’69年ソリストとしてデビュー、以後ロシア・バレエのトップダンサーとして活躍。’74年カナダ公演中に西側に亡命。同年アメリカン・バレエ・シアター(ABT)に招かれ、シャープな肉体、優雅な感情表現と驚異的なハイテクニックでアメリカ・バレエ界のトップスターとなる。’78〜79年ニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)芸術監督を経て、’80〜89年ABTの芸術監督を務めた。古典バレエ以外のレパートリーにプティ振付「若者と死」「カルメン」、バランシン作品「放蕩息子」「アポロ」、ロビンズ作品「アザーダンス」「ダンス組曲」、アシュトン振付「ラプソディ」など多数。また「くるみ割り人形」「ドン・キホーテ」「シンデレラ」「白鳥の湖」などクラシック作品の演出も手がける。’90年モダン・ダンス・グループ“ホワイト・オーク・ダンス・プロジェクト”を結成、以後モダン・ダンスに活動の中心を置いている。’98年8月ディナ・ライツの振り付けで坂東玉三郎と共演。一方、’78年「愛と喝采の日々」で映画にもデビュー、他に「ホワイトナイツ」(’85年)「ダンサー」(’87年)「ロシアン・ルーレット」(’91年)などに主演。2004年再びフリーのダンサーとなる。2005年1月ニューヨークにバリシニコフ・アーツ・センターを創設。1971年初来日以来、度々来日。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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