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モンテネグロ独立 もんてねぐろどくりつ Independence of Montenegro

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知恵蔵の解説

モンテネグロ独立

2006年5月21日、人口62万のモンテネグロ連合国家セルビア・モンテネグロからの独立の賛否を問う国民投票が実施され、僅差により独立が達成された。同年6月3日、モンテネグロが独立を宣言すると、同5日にセルビアは連合国家セルビア・モンテネグロの継承国であることを宣言した。この結果、旧ユーゴスラビアを構成していた6共和国がすべて独立国家となった。今回の国民投票は憲法60条に、構成共和国が3年後に連邦形態を見直し、国民投票により独立する権利が規定されていたことに基づいている。06年1月に欧州連合(EU)の特使がモンテネグロに派遣されて協議を重ねた末、同年3月に国民投票法が議会で採択され、国民投票は有権者数の50%以上の投票と有効投票数の55%で成立するとされた。投票結果は投票率86%、賛成票55.5%で成立条件をわずかに上回ったが、反対票が44.5%に達した。旧ユーゴスラビアの解体以後、セルビアと緊密な関係を保ってきたモンテネグロが独立傾向を強めたのは1997年である。共和国大統領選挙で、独立推進派のミロ・ジュカノビッチ首相がミロシェビッチ路線を踏襲するM.ブラトビッチに僅差で勝利した。以後、ジュカノビッチは経済的な利害関心からEUとの関係強化の路線を明確に打ち出し、実質的に連邦の権限を弱める政策を進めた。00年10月にミロシェビッチ政権が崩壊すると、11月にはドイツ・マルクを公式通貨とし、EU諸国でユーロが導入されるとユーロに切り替えた。セルビアの新政権とモンテネグロとのユーゴスラビア連邦再編をめぐる交渉が続けられ、03年2月に連合国家セルビア・モンテネグロが成立した。モンテネグロの独立は3年後に先送りされ、今回の国民投票で独立が実現した。しかし、国論は二分されたままであり、EUとの関係の進展が今後の政治安定の鍵を握っている。06年9月10日に独立後初の議会選挙が実施され、与党が勝利を収めた。

(柴宜弘 東京大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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