ヤブリンスキー案(読み)ヤブリンスキーあん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

1991年7月のロンドン・サミットへのゴルバチョフ出席を前に,ヤブリンスキー元ロシア共和国副首相がハーバード大学のグレハム・アスリン教授らと共同で作成したソ連経済改革案。全体を3段階に分け,第1段階では贅沢品と耐久消費財の価格自由化,小企業・農地の私有化など,第2段階では財政均衡とほぼ完全な価格の自由化など,第3段階では大規模民営化と構造改革などを行うとしたもの。また西側からの金融支援として,年間 250~350億ドルを5年間位必要としている。しかし,ゴルバチョフはこの提案を採用せず,ロンドン・サミットにはパブロフ連邦首相が中心となって作成した「危機打開計画」 (1991年4月発表) に近い案を提出したため,G7諸国は失望し,ゴルバチョフに金融支援を与える確約をしなかった。

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