一志賀庄(読み)いちしかのしよう

日本歴史地名大系 「一志賀庄」の解説

一志賀庄
いちしかのしよう

平安時代から鎌倉時代にかけての弘誓(ぐぜい)院(跡地は現京都市南区)領庄園で、一須賀(いちすか)一帯が庄域であったと思われる。安元二年(一一七六)二月日付八条院領目録(内閣文庫蔵)に「弘誓院御庄々 河内国一志賀」とみえる。弘誓院は権中納言藤原長実が草創した寺院で、その娘で鳥羽天皇皇后美福門院得子が久寿二年(一一五五)に祈願寺とし、その庄園を諸役免除にする官符が下されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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