七崎神社(読み)ならさきじんじや

日本歴史地名大系 「七崎神社」の解説

七崎神社
ならさきじんじや

[現在地名]八戸市豊崎町 永福寺

永福寺えいふくじの南の丘陵地に位置する。祭神は伊弉冊命で、旧郷社。明治初年まで観音堂と称したが、廃仏毀釈により本尊の正観音菩薩像を普賢ふけん院に移し、現社名に改めた。

宝暦(一七五一―六四)の頃の御領分社堂に「観音堂 四間四面萱葺 永福寺持」とあり、盛岡もりおか(現岩手県盛岡市)永福寺持とされている。北の浅水あさみず川沿いに別当寺普賢院があり、本山派の善行院・当円坊・覚円坊・覚善坊の四人の修験が永福寺領内から三石宛給与されていた。万治元年(一六五八)盛岡藩三代藩主南部重直の代、貞享四年(一六八七)四代藩主重信の代に再興(同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む