七廻り鏡塚古墳(読み)ななまわりかがみづかこふん

日本歴史地名大系 「七廻り鏡塚古墳」の解説

七廻り鏡塚古墳
ななまわりかがみづかこふん

[現在地名]大平町西山田

ほぼ東西に連なる晃石てるいし山系の東側、中山なかやま丘陵の西麓緩斜面上に立地していた。伊勢神宮に仕えた醍醐天皇一八皇女英子内親王が東国に下向してこの地に住し、死後その遺骸を葬ったのが当古墳であるといわれていたが、昭和四四年(一九六九)の発掘調査の結果、六世紀前半頃の円墳と推定される。調査時にすでに墳丘は削られていたが、截頭円錐形状とみられ、直径約三〇メートル、高さ約五メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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