改訂新版 世界大百科事典 「ヒノキ」の意味・わかりやすい解説
ヒノキ (檜)
hinoki cypress
Chamaecyparis obtusa (Sieb.et Zucc.) Endl.
細かい鱗片状の葉が圧着して,小枝に表裏の別があるヒノキ科の常緑高木。日本特産で,木材の用途がきわめて広い。
幹がまっすぐ伸び,ときに高さ50m,径2mに達する。幹の樹皮は帯赤褐色で縦に裂けて薄くはがれ,あとは赤みが強い。枝は密に分かれ,楕円状円錐形の樹冠をなす。小枝は扁平で,鱗片葉を十字対生し,葉は背腹面のものがひし形,側方のものが二つ折りで,先端は鈍形である。小枝背側(裏側)の各葉の境に白い気孔線があって,Y字形を呈する。早春短い小枝の先に雌雄の花が別々につく。雄花は楕円形黄赤色で,5~6対のおしべを十字対生する。雌花は十字対生する6~10個の果鱗からなり,各片に3~5個の胚珠を直生し,秋に径8~12mmの球形の球果を結んで,果鱗の先端は楯形となる。種子には両側に短い翼がある。発芽直後の実生は,2~3段の針形葉を輪生してから鱗片葉をつけるようになる。近縁のサワラは,ヒノキによく似るが,全体に色が淡く,樹冠は四錐形で,葉の先はとがり,材の質はヒノキに劣る。
ヒノキは福島県閼伽井(あかい)岳および新潟県苗場山から屋久島までの暖帯と温帯に分布する。九州では産地が少ないが,本州中部や紀伊半島の山地,そして四国の一部に広い天然林がみられる。とくに木曾では,尾張藩時代に五木の一つとして保護されたので,今日その林は日本の三大美林に数えられる。台湾の中央山脈に分布するタイワンヒノキ(タイヒ)var.formosana (Hayata) Rehd.(=C.taiwanensis Masam.et Suzuki)は,ヒノキに比べて鱗片葉の先がとがり,球果もわずかに小さく,材の比重のやや大きいものである。
ヒノキの材は,辺材が黄白色,心材が淡黄褐色ないし淡紅色で,その差が少ない。年輪が明らかで細かく,木理は通直。比重は平均0.44,緻密(ちみつ)で中ぐらいの堅さがあり,加工しやすく狂いにくい。また,特有の芳香と光沢があり,耐朽性も高く,かつ長年強度が落ちないので,世界最良の針葉樹材といわれ,きわめて用途が広い。その独特の香りと淡い色調の優雅さが日本人の感覚や好みに合うために,古くから宮殿,神社仏閣の建築材として重用されてきた。比較的均一に割りやすい性質も,まだ,のこぎりがなく,切削を釿(ちような)のみに頼っていた古代に,スギとともに多く用いられた理由の一つであろう。そのころに棒をもんで火をおこす火切り板として用いられたので,〈火の木〉の名を得たという。今日でも伊勢神宮の遷宮にはとくに木曾からヒノキ材が運ばれる。一方で大材が得にくくなり,平安神宮や,薬師寺金堂の再建にはベニヒ材が台湾から求められた。柱や障子の桟などさまざまな建築部材,あるいはふろおけとして用いられるが,総檜造りの日本家屋は最高のぜいたくに属する。天平時代以降の仏像には,ほとんどヒノキ材が用いられている。そのほか卓球のラケットなどの運動具にも供され,薄く削って檜笠にも作られる。また樹皮は,古くは貴族の住居,今日では社寺などの檜皮(ひわだ)葺きとされるが,とくに内樹皮の繊維で作った縄(槙皮(まきはだ))は木造船やふろおけの板のすきまの詰物としてよい。葉や材の精油は薬用ともなる。
ヒノキは今日スギと並んで,本州以南の各地で造林されるが,わりに生長が遅く,産出量は年400万m3ほどである。やや乾燥に強く,沢沿いのスギに対して斜面上部に植えられる。三重県尾鷲(おわせ)などのヒノキ林業が著名である。一般にスギに比べて密植されるため(ha当り1000~5000本),下草が生えにくく,そのうえ落枝が細かく分解する性質があるため,急傾斜面が多い造林地の表土の流失を防げず,林地の瘠悪(せきあく)化が問題となっている。木曾のヒノキ林は自然のまま放置されると,林床に耐陰性のより強いアスナロが侵入してその林に変わってゆく。
ヒノキは刈込みに耐え,整形もしやすいので,前庭,背景樹など造園に用いられ,盆栽やいけばなの材料ともされる。したがってサワラほどではないが,多数の園芸品種ができている。これらはいずれもヒバの呼称がついているので,アスナロと混同されやすい。スイリュウヒバはサワラの品種ヒヨクヒバに似たしだれ(枝垂れ)品である。オウゴンヒノキは新葉が黄色のもので,白色品をメジロヒノキという。小枝が短く扇形に分岐し,樹形のまとまったチャボヒバにも黄色のキフチャボヒバがある。クジャクヒバは長い枝の両側に断面四角形の小枝が水平に密生したもので,これにも黄色品オウゴンクジャクヒバがある。カナアミヒバは鱗片葉が4~5列ついて,小枝断面が四角くなり表裏の別がなくなったもので,同じ枝形で葉の線形のものをホウオウヒバ(別名シシンデン)という。林業品種には枝が細く晩生型のホンピと,太く早生型のサクラヒが区別されるのみである。後者はとくり病や漏脂(ろうし)病にかかりやすい。
ヒノキ属Chamaecyparis(英名cypress)には日本のヒノキ,サワラ両種のほか台湾と北アメリカに4種あり,いずれも良材を出す。ベニヒ(紅檜)C.formosensis Matsum.は,台湾中央山脈の温帯林に産し,その材は上述の平安神宮などのほか,明治神宮の大鳥居にも用いられている。ローソンヒノキC.lawsoniana (A.Murr.) Parl.(英名Lawson cypress,Port Orford cypress)は北アメリカ西部オレゴン州からカリフォルニア州に分布し,60mの大木となる。材がヒノキに似るので日本の市場ではベイヒ(米檜)と呼ばれる。アメリカヒノキ(アラスカヒノキ)C.nootkatensis (Lamb.) Spach(英名Sitka cypress)はオレゴン州からアラスカに分布し,20~40mの高さになる。心材は黄色を帯びジャガイモ臭があり,日本ではベイヒバとも呼ばれる。球果が2年目に熟し,イトスギ属のモントレーサイプレスCupressus macrocarpa Gord.と自然の属間雑種をつくることもある。北アメリカ東部の沼沢や湿潤地には高さ25mになるヌマヒノキChamaecyparis thyoides B.S.P.(英名white cedar)が分布する。
執筆者:濱谷 稔夫
ヒノキ科Cupressaceae
裸子植物球果目の針葉樹。21属約130種が南北両半球に広く分布する。球果類のうち,マツ科,スギ科の大部分が北半球に,ナンヨウスギ科とマキ科がおもに南半球に分布するのに対し,ヒノキ科は極地,南アメリカの中部~北部,アフリカ西部,アジアの熱帯をのぞいて,全世界の温帯に生育する。日本でもマツ科,スギ科と並んで,林業上もっとも重要な針葉樹の一つである。大部分は高木で,葉を十字対生するか,3~4枚の葉を輪生する。葉は鱗片状で,基部が茎に流れる。側生葉と背腹葉とがあり,形が違っているのが普通である。幼木では針葉を生ずる。雌雄同株のものが多い。雌球花は小型で,数個の果鱗複合体からなり,種鱗と包鱗は完全に合着しており,1~数個の胚珠を基部につける。ネズミサシ属とビャクシン属では胚珠が果鱗の先端に1~3個つく。雄花は短い柄のある楯状のおしべ(小胞子葉)が対生または3輪生し,下面に2~7個の花粉囊(小胞子囊)をつける。花粉は球状で,とがった先から発芽する。花粉には前葉体細胞も気囊もない。球果は多くは木質で,成熟すると開くが,ネズミサシ属やビャクシン属では多肉質となり,裂開しない。種子には翼のあるものとないものがある。
北半球に分布するヒノキ亜科と南半球のカリトリス亜科に2分される。多肉質の球果をもつネズミサシ亜科を前者から分けることもある。ヒノキ亜科にはヒノキ属Chamaecyparis,アスナロ属Thujopsis,クロベ属Thuja,ネズミサシ属Juniperus,ビャクシン属Sabinaなどが日本に自生するほか,イトスギ属Cupressus(北アメリカ,地中海沿岸,中国に分布),ショウナンボク属Culocedrus(オニヒバC.decurrens Florin)が栽植される。一方,カリトリス亜科には,カリトリス属Callitris(タスマニア~ニューカレドニア),ネオカリトリス属Neocallitris(ニューカレドニア),ディセルマ属Diselma(タスマニア),リボセドルス属Libocedrus(東南アジア~太平洋諸島,オレゴン~メキシコ),アクティノストロブス属Actinostrobus(西オーストラリア),南アメリカ南部にフィツロヤ属Fitzroya,ピルゲロデンドロン属Pilgerodendron,アウストロケドルス属Austrocedrusがあり,テトラクリニス属Tetraclinis,ウィドリングトニア属Widdringtoniaはそれぞれ地中海沿岸,アフリカ南部に分布する。
執筆者:西田 誠
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