七海又三郎(読み)ナナウミ マタサブロウ

20世紀日本人名事典 「七海又三郎」の解説

七海 又三郎
ナナウミ マタサブロウ

昭和期の新聞経営者



生年
明治16(1883)年7月14日

没年
昭和47(1972)年5月20日

出生地
岡山県

旧姓(旧名)
森吉

学歴〔年〕
閑谷黌〔明治35年〕中退

経歴
大阪毎日新聞社に入り、大正14年東京日日新聞販売部長、営業局長を経て、昭和13年常務、17年日本新聞配給会理事長、19年退職。この間、大正末〜昭和初期、東日の紙数100万部達成成功、“販売の鬼”といわれた。戦後公職追放、解除後の27年松本製紙社長、37年会長、39年相談役。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「七海又三郎」の解説

七海又三郎 ななうみ-またさぶろう

1883-1972 昭和時代の経営者。
明治16年7月14日生まれ。35年大阪毎日新聞に入社。大正14年東京日日新聞(毎日新聞の前身)販売部長となり,「東京日日新聞」の紙数100万部を達成。昭和12年営業局長,のち常務。16年日本新聞配給会理事長。戦後,松本製紙社長。昭和47年5月20日死去。88歳。岡山県出身。閑谷黌(しずたにこう)(現和気閑谷高)中退。旧姓は森吉。著作に「人生七十の回顧」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android