出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…続く嘉靖年間は赤絵の全盛期で民窯では金襴手,官窯では白磁や青花磁に五彩を加えたものを中心に,色釉地に色釉文様を加えた雑彩と呼ぶ濃麗な作品も作られた。万暦年間(1573‐1619)には官能的で濃艶な赤絵が作られ,日本の茶人はこれを万暦赤絵と呼んで珍重した。また明末の天啓年間(1621‐27)から清初にかけて天啓赤絵,南京赤絵と呼ばれる粗雑な器皿,福建省あたりでは奔放な絵付の呉須赤絵が焼造されたが,これらも日本の茶人たちに愛好され,日本の赤絵の発展に大きな影響を与えた。…
…この時代は,とくに赤絵が流行し,ことに金襴手が製作されるなど,豪華けんらんたる装飾性が追求された。万暦年間(1573‐1619)の五彩は日本では万暦赤絵と呼ばれて有名であるが,色はどぎつく,器面は文様でうめつくされ,筆致はやや粗放であるなど,爛熟期の様相を示す。 明代の工芸としては,ほかに漆工が元代に引き続き盛んであり,彫漆,沈金,塡漆,螺鈿等の技法が行われた。…
※「万暦赤絵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...