赤絵(読み)あかえ

  • あかえ ‥ヱ
  • あかえ〔ヱ〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

浮世絵および陶磁器の用語。
(1) 幕末~明治頃の錦絵のうち,鉱物性染料を用いた赤色の目立つ色摺りの濃い作品。
(2) 上絵付けを施した陶磁器の一種で,ガラス質の上絵具(赤,緑,黄,紫,青)で文様を描いたもの。中国では宋代に始まって(宋赤絵),元,明代以降に発達し,五彩とも呼ばれる。日本では古赤絵,万暦赤絵,天啓赤絵,呉須赤絵などが茶人たちに愛好され,日本の赤絵の発展に大きな影響を与えた。江戸時代初期に酒井田柿右衛門柿右衛門〈1世〉)が赤絵磁器の焼成に初めて成功し,柿右衛門古伊万里古九谷京焼などが有名。
(3) 古代ギリシア陶器の絵付けの一技法(→赤像式陶器)。

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デジタル大辞泉の解説

赤色を主として彩色を施した陶磁器。また、その絵。中国では五彩という。中国の宋赤絵金襴手(きんらんで)赤絵・万暦(ばんれき)赤絵呉須(ごす)赤絵、日本の伊万里(いまり)赤絵・九谷赤絵の類。
江戸末期、疱瘡(ほうそう)よけに用いた赤1色刷りの版画疱瘡の子に赤いおもちゃを持たせておくと病気が軽くすむという俗信から起こった。疱瘡絵

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百科事典マイペディアの解説

赤を主調とする上絵付のある色絵。広義には上絵付を施されたやきもので,〈色絵〉とも。中国では〈五彩〉と呼ぶ。施釉され,本焼されたやきものの釉面に,赤,緑,黒,色などの上絵具を塗り,それを再度低い温度(700〜850℃程度)で焼き付ける。金や銀色の焼き付けは,さらに低い温度で行う。中国では金代,華北の磁州窯で創始された。元代には景徳鎮窯で,紅緑彩を白磁の上に施す作品が現れ,明代以降も引き続き,多彩な上絵付の作品が焼造される。特徴的な作品としては,嘉靖の〈金襴手(きんらんで)〉,〈万暦赤絵(ばんれきあかえ)〉,〈天啓赤絵(てんけいあかえ)〉など。日本の茶人が好む〈古赤絵〉は,正徳,嘉靖ごろの景徳鎮民窯の作といわれる。福建省【しょう】州(しょうしゅう)窯では,明代末期に〈呉須赤絵(ごすあかえ)〉と呼ばれる大盤や鉢などを焼成し,海外に大量に輸出した。日本では,1640年代に伊万里焼において始められ,また同様に17世紀中葉,京都で野々村仁清器の色絵装飾を完成させている。朝鮮半島では赤絵の技法は発達しなかった。
→関連項目安南焼永楽保全奥田頴川呉須手酒井田柿右衛門姫谷焼

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世界大百科事典 第2版の解説

陶磁器をおおうガラス状の被膜,釉(うわぐすり)の上に赤や緑,黄,などガラス質の色釉(いろぐすり)で文様を施したもの。赤を主調とするところから日本でとくに赤絵と総称され,また色絵とも呼ばれ,中国では五彩と呼んでいる。また釉の上に着彩されるところから上絵(うわえ)とか上絵付とも呼ばれる。赤絵は上絵付ものの一種であるが,着彩にはさまざまな中間色を含む色彩を表し,明治以後西欧から輸入され,日本でも改良普及した西洋絵具と和釉(わぐすり)と呼ぶ伝統的な絵釉とが使われる。

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大辞林 第三版の解説

赤を主調とし、緑・紫・青などの顔料で上絵付けをした陶磁器。中国では宋代から見られ、日本では正保年間(1644~1648)に柿右衛門が取り入れ、同時期に九谷でも行われるようになった。
幕末から明治にかけて赤色を多く用いた錦絵にしきえ
疱瘡絵ほうそうえの別名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

色絵(いろえ)、五彩(ごさい)ともよばれる絵付陶磁の一種。白釉(はくゆう)陶や白磁胎の釉面に上(うわ)絵の具をもって絵付を施し、錦窯(きんがま)とよばれる耐火れんが製の小さな窯で焼き付けた加飾陶磁。とくに赤絵の具が基調になっているところから赤絵の名がある。この技術は、12世紀末に中国北部の磁州窯で始まり、世に宋(そう)赤絵といわれている。14世紀には江西省の景徳鎮(けいとくちん)窯が白磁胎赤絵に成功してから一挙に普及し始め、明(みん)代後半から清(しん)代には赤絵の全盛期が築かれた。日本では江戸時代初期の17世紀前半に九州有田の陶工酒井田柿右衛門(かきえもん)が中国に学んで開発した。ほぼ同じころ京都の東山一帯の窯でも赤絵が試みられ、1657年(明暦3)には御室(おむろ)焼の野々村仁清(ののむらにんせい)が京焼赤絵を成就している。[矢部良明]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙
① 赤色をおもに使った陶磁器の上絵付け。また、その陶磁器。宋(そう)赤絵、明(みん)赤絵、万暦(ばんれき)赤絵、古赤絵、九谷赤絵の類。錦手(にしきで)。色絵。
浄瑠璃・心中刃は氷の朔日(1709)上「あかゑのちゃはん手にすへて」
② 赤一色で刷った版画。江戸時代、赤色は疱瘡を軽くする力があるとされ、赤色の版画や絵本を病児に持たせたもの。赤摺絵(あかすりえ)。疱瘡絵。
※雑俳・柳多留‐一一〇(1830)「筋のいいお疱瘡(やい)赤絵がたんと付」
③ 江戸末期から明治初年にかけて流行した、赤色を多く用いてあるどぎつい錦絵。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

明・清代に発達した色彩陶磁器の総称
白磁に赤・緑・黄・黒・などで文様を描いたため,中国では五彩ともいう。その起源は13世紀,南宋のころとされるが,14〜15世紀以降,江西省の景徳鎮を中心に発達し,清の康熙 (こうき) ・乾隆 (けんりゆう) 時代にその技術は最高に達した。日本には江戸初期に製法が伝えられ,肥前(佐賀県)の有田,京都,加賀(石川県)の九谷などで赤絵が焼かれるようになった。

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世界大百科事典内の赤絵の言及

【陶磁器】より

…1616年(元和2),李参平によって有田の白川天狗谷窯で,日本で初めての染付磁器の焼造が開始された。当初は李朝風の素朴な染付磁器であったが,寛永末年から正保年間(1640年代)にかけて,明末の染付,赤絵の影響を受け,酒井田柿右衛門によって赤絵の焼造が始められると,有田の窯業は急速な成長をみた。有田における磁器焼造に着目した鍋島藩はすでに1628年(寛永5),有田岩谷川内に藩窯を設け,御用品の焼造を行っていたが,柿右衛門の赤絵磁器が始まると,その技法を用いて色鍋島と呼ばれる精巧な色絵磁器を焼かせるようになり(鍋島焼),有田磁器における伊万里,柿右衛門,鍋島の3様式の確立をみた。…

【錦手】より

…白磁や白い陶胎の釉上に赤,黄,緑,紫,青,黒などの色釉(いろぐすり)や金,銀彩で上絵付(うわえつけ)した陶磁器の日本での総称。日本では単に赤絵,色絵ともいい,中国では五彩(ごさい)とも呼ぶ。江戸時代の初期に中国から輸入された,明末の嘉靖の五彩磁,金襴手(きんらんで),万暦赤絵や,清初の南京赤絵,色絵祥瑞(しよんずい)などの影響を受け,肥前有田では磁胎の錦手が,京都では陶胎の錦手が始められた(有田焼)。…

※「赤絵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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