万福寺跡(読み)まんぷくじあと

日本歴史地名大系 「万福寺跡」の解説

万福寺跡
まんぷくじあと

[現在地名]世羅町堀越 日南

堀越ほりこしの西端、ひじり神社北方にある下郷しもごうの東谷奥に位置する中世寺院の跡。小坂山と号し、臨済宗薬師如来本尊としていた。寺町の康徳てらまちのこうとく寺の隠居寺と伝える。残存する石塔の紀年銘から室町初期の創建と推定される。寺域は明確ではないが幅五、六十メートル、奥行約一〇〇メートルの広さの平地がある。県指定史跡。

天文一六年(一五四七)三月二三日の永末越中守・小寺十郎左衛門宛の毛利氏奉行人連署状(「閥閲録」所収小寺忠右衛門家文書)によると、万福寺堂供養として毛利氏から具足が送られ、堀越城主小寺敬秀の追善供養のために俵物四〇俵が寄進されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む