三ッ蔵跡(読み)みつくらあと

日本歴史地名大系 「三ッ蔵跡」の解説

三ッ蔵跡
みつくらあと

[現在地名]中区栄一丁目

堀(ほり)川東岸に藩の蔵米を納める蔵屋敷が建並んでいた。これを三ッ蔵といい、広井(ひろい)官倉・御蔵・柳(やなぎ)の御蔵とも記されている。この名の由来は、福島正則が清須(きよす)在城の時(一五九五―一六〇〇)小田原の戦で兵糧米が欠乏した経験にかんがみて、「三間に長三十間の蔵三ツ」を城内に建てたことによる。清須越しで名古屋に城下町を移した際、広井村(現中村区・西区)辺りに蔵を建てた(尾張志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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