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蔵屋敷 くらやしき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

蔵屋敷
くらやしき

江戸時代,幕府や大名,旗本,社寺,諸藩の重臣などが年貢米や自己の領地の特産物を販売するために設置した倉庫兼取引所。商品経済が発達してくると諸大名は年貢米や諸物産を売ってその代金で藩財政をまかなった。そのため蔵屋敷は江戸,大坂,大津,敦賀,京都,長崎などの商業の中心地におかれ,なかでも「天下の台所」といわれた大坂には多かった。大坂の蔵屋敷は中之島堂島地域に最も多く,天保年間 (1830~44) には 124を数え瀬戸内海以西の大名がその多くを占めた。それに対し江戸には関東,東北方面の大名が蔵屋敷を多くもっていた。蔵屋敷は,蔵役人,名代,蔵元,銀掛屋,用聞,用達などで構成されていた。

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デジタル大辞泉の解説

くら‐やしき【蔵屋敷】

江戸時代、幕府・諸大名・寺社などが年貢米・特産物などを収納し、販売・換金するために設けた邸。大坂・江戸・京都・大津・敦賀・酒田・長崎などにあり、特に大坂に多かった。

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百科事典マイペディアの解説

蔵屋敷【くらやしき】

江戸時代に幕府・大名・旗本が年貢米,特産物などの蔵物を保管・取引した場所。江戸,大坂,堺,敦賀,大津,長崎,酒田などに置かれ,特に大坂に集中し天保年間(1830年―1844年)には125にのぼった。
→関連項目蔵米米会所米切手

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世界大百科事典 第2版の解説

くらやしき【蔵屋敷】

江戸時代,大名(藩),旗本などの諸領主が,貢租米や領内の特産品を販売するために,大坂,大津,堺,敦賀,江戸,長崎などの諸都市に設置した倉庫兼販売機関のことをいう。蔵屋敷を通じて販売される諸品を総称して蔵物(くらもの)と呼ぶが,その中心は貢租米であり,特産品としては砂糖,藍玉,紙,畳表などがあった。通常,蔵屋敷には蔵役人,名代(みようだい),蔵元掛屋,用聞(ようきき),用達(ようたし)と呼ばれる構成員がいた。

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大辞林 第三版の解説

くらやしき【蔵屋敷】

江戸時代、諸大名が年貢米や特産物を売りさばくために江戸・大坂・大津などに設けた、倉庫と取引所を兼ねた屋敷。特に、大坂に集中した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

蔵屋敷
くらやしき

江戸時代において、大名、幕府、旗本、社寺、諸藩家臣が貢租米その他国産物を売却するため設置した屋敷で、倉庫を付設する。大坂、江戸、大津、敦賀(つるが)、長崎など商業、金融上の要衝に置かれたが、ことに大坂で発達し、17世紀後半以降、中之島、土佐堀(とさぼり)川、天満(てんま)堀川、江戸堀川沿岸に数多く設置され、元禄(げんろく)(1688~1704)ごろには約100、幕末には約125存在した。蔵屋敷の主たる役割は、(1)蔵物(くらもの)を売却すること、(2)領内非自給物資を調達すること、(3)借銀をすることであった。蔵屋敷を通じて販売される物資を蔵物というが、その最大のものは貢租米、蔵米であり、大坂では17世紀後半以降、毎年100万~150万石の蔵米が販売された。蔵物の売却は入札制で行われ、入札に参加できる仲買は蔵ごとに指定されていた。これを蔵名前(くらなまえ)という。落札した仲買は代銀を掛屋(かけや)に納め、掛屋はその代銀受取証すなわち銀切手を発行、銀切手は蔵元(くらもと)で米切手と交換された。米切手所有者は蔵元にこれを持参すれば、現米を請求することができた。掛屋は蔵物販売代銀を保管し、必要に応じて大名の国許(くにもと)や江戸藩邸に送金したほか、蔵物を担保として大名貸を行った。このほか蔵屋敷には名代(みょうだい)、用聞(ようきき)、用達(ようたし)、館入(たちいり)といった関係町人がおり、また留守居(るすい)ほか蔵関係役人がいた。堂島(どうじま)米会所は、蔵屋敷から発行される米切手の売買機関であった。蔵屋敷は廃藩置県後、廃止となり、その多くは払い下げられた。[宮本又郎]

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世界大百科事典内の蔵屋敷の言及

【倉∥蔵】より

…江戸は浅草や本所に御蔵があり,浅草御蔵では戸口(戸前(こまえ)と呼ぶ)を2~5ヵ所つけた大きな蔵が54棟も並び,年貢米を収納した。各藩は城下町のほかに,産米の売りさばきのため,大坂堂島川の中之島あたりに蔵屋敷を設けた。蔵屋敷は堂島川から船入の水路を引きこみ,船入の河岸を囲んで数多くの米蔵が建てられた。…

【蔵敷料】より

…昭和初期まで商慣用語として使われたが,今日では倉庫保管料という。江戸時代の大坂蔵屋敷では,蔵米の入札販売後30日間は蔵屋敷が無料で米を保管した。しかし実際上,無料保管期限(〈追出し〉という)は徐々に延長され,9~18ヵ月となった。…

【商品取引所】より


[原型としての近世大坂の米取引]
 日本には現在,商品取引所法に基づいて開設された商品取引所があるが(表参照),その原型は江戸時代にさかのぼることができる。江戸初期,各藩は農民から取り立てた米を当時の商業の中心地大坂に運び込んで蔵屋敷と呼ばれる領内物品の貯蔵,販売のための出張所に蓄え,これを商人に売って藩の費用に充てていた。蔵屋敷の管理者である蔵元は各藩の武士がつとめていたが,しだいにその役を商人に任せるようになり,掛屋(町人蔵元)が生まれた。…

【摂津国】より

…三郷の町人人口は18世紀中ごろ40万を越えた。貢租米その他の蔵物を積み登す諸藩は大坂中ノ島,土佐堀川,江戸堀川の川筋に蔵屋敷をおいた。その数は明暦年間(1655‐58)25,元禄(1688‐1704)のころ95,天保年間(1830‐44)125を数えた。…

【払米】より

…いずれも払米の一形態である。大坂での払米は各蔵屋敷で入札方式によって行われた。入札の時期は西国・北国米は8~10月ごろから,その他は翌年の3,4月ごろからであった。…

【留守居】より

…一方,江戸の風俗や料理の上に及ぼした留守居の会合の影響は大であったといわれている。(3)諸大名の大坂蔵屋敷の役職で大坂蔵屋敷の責任者。商人や掛屋との交渉に当たり,また諸大名蔵屋敷留守居との交際を任とした。…

※「蔵屋敷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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