三倉堂遺跡(読み)みくらどういせき

日本歴史地名大系 「三倉堂遺跡」の解説

三倉堂遺跡
みくらどういせき

[現在地名]大和高田市西三倉堂一丁目・同二丁目・中三倉堂一丁目・同二丁目

昭和三年(一九二八)現在の近鉄南大阪線の新線敷設工事に際し、三倉堂のふる(手洗池ともいう)の土砂採集が行われ、池底より二基の木棺が出土した。その後工事の進行に伴って一基、東南隣のしん池から三基およびその周辺で円筒埴輪須恵器土師器が出土した。

古池の方で検出された第一号棺は蟻桟をもち、須恵器高坏および提瓶が伴出している。第二号棺は木口板・中仕切板をもち、直刀・刀子と鉄鏃かと思われる破片および七鈴鏡一面と管玉九個、切子玉三個、小玉二個、金銀環各一個が伴出している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む