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三宅庄市 みやけ しょういち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三宅庄市 みやけ-しょういち

1824-1885 江戸後期-明治時代の能楽師狂言方。
文政7年生まれ。和泉(いずみ)流。三宅藤九郎家6代正尚(まさなお)の末期養子となり,天保(てんぽう)13年7代をつぐ。京都にすみ禁裏御用をつとめながら,加賀金沢藩お抱えとなる。維新後,東京にでて岩倉具視(ともみ)らの後援をうける。禁裏狂言をつたえる上品な芸風で知られた。明治18年8月8日死去。62歳。名は正信(まさのぶ)。

出典|講談社
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世界大百科事典内の三宅庄市の言及

【和泉流】より

…狂言の流派の一つ。江戸時代は名古屋,京都に勢力を持っていたが,現在の活動は東京を中心としている。室町中期の江州坂本の隠士佐々木岳楽軒を流祖とし,その芸系が6世鳥飼和泉守元光まで伝えられてきたと伝承するが確かでない。和泉守は手猿楽(素人猿楽)に与えられた受領号であり,摂津猿楽鳥飼座より出て京都で手猿楽の狂言として活動するようになったものと考えられる。元光は大蔵流鷺流の芸系に加えられる日吉満五郎の教えを受けたと伝えられ,両流と同じ芸系にあることになる。…

【狂言】より

…それまで士分として俸禄を受けていたのが一時に収入の道を絶たれたわけで,この新しい事態に対応できない者も多く,三流の家元も家業を廃し,次々と絶家するという状態となった。しかし大蔵流では,東京の山本東次郎家,関西の茂山(しげやま)千五郎家,茂山忠三郎家といった有力弟子家によって芸統が維持され,また和泉流も,京都から三宅庄市,金沢から野村与作らが上京して東京における和泉流の発展に力を尽くした。現在では両流の家元も再興され,大蔵流では前記の諸家や茂山忠三郎家から分かれた善竹(ぜんちく)家が主として東京・関西で,和泉流では野村万蔵家,三宅藤九郎家,野村又三郎家,名古屋の狂言共同社の人々が主として東京・名古屋でそれぞれ活躍している。…

※「三宅庄市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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