日本歴史地名大系 「三島江関」の解説
三島江関
みしまえのせき
[現在地名]高槻市三島江三丁目
永享期(一四二九―四一)から文明期(一四六九―八七)にかけてあった淀川の河関の一つ。中関と下関があったことが知られている。永享一〇年三月二二日の河上関務請文(春日大社文書)には、淀関(現京都市伏見区)・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
永享期(一四二九―四一)から文明期(一四六九―八七)にかけてあった淀川の河関の一つ。中関と下関があったことが知られている。永享一〇年三月二二日の河上関務請文(春日大社文書)には、淀関(現京都市伏見区)・
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