三成町(読み)みなりまち

日本歴史地名大系 「三成町」の解説

三成町
みなりまち

[現在地名]仁多町三成

江戸時代中期下三成村の斐伊川河岸に川方役所が設けられ、対岸の矢谷(やだに)村との両岸の段丘上に成立した町。万治三年(一六六〇)郡奉行・代官竜野九郎左衛門が横田(よこた)町(現横田町)の郡家に着任すると、出雲郡中出西(なかしゆつさい)村(現斐川町)で岩壁を開いて水路の新設に成功した経験から、寛文四年(一六六四)下三成村に川方役所を置いた。翌年斐伊川の川浚えをし、郡中の年貢米を対岸の矢谷村の斐伊川河岸から川船によって大原郡木次(きすき)町(現木次町)の新市を経て出雲郡庄原(しようばら)村(現斐川町)へ輸送するようにした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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