三成町(読み)みなりまち

日本歴史地名大系 「三成町」の解説

三成町
みなりまち

[現在地名]仁多町三成

江戸時代中期下三成村の斐伊川河岸に川方役所が設けられ、対岸矢谷やだに村との両岸の段丘上に成立した町。万治三年(一六六〇)郡奉行・代官竜野九郎左衛門が横田よこた(現横田町)郡家に着任すると、出雲郡中出西なかしゆつさい(現斐川町)で岩壁を開いて水路の新設に成功した経験から、寛文四年(一六六四)下三成村に川方役所を置いた。翌年斐伊川の川浚えをし、郡中の年貢米を対岸の矢谷村の斐伊川河岸から川船によって大原郡木次きすき(現木次町)の新市を経て出雲郡庄原しようばら(現斐川町)へ輸送するようにした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む