三梨村(読み)みつなしむら

日本歴史地名大系 「三梨村」の解説

三梨村
みつなしむら

[現在地名]稲川町三梨

皆瀬(みなせ)川の中流、国見(くにみ)岳(五八七・二メートル)の西麓に位置する。北は大館(おおだて)村・川連(かわつら)村、東は山越えに猿半内(さるはんない)村(現平鹿(ひらか)郡増田町狙半内(さるはんない))、西は宮田(みやた)村、南は稲庭(いなにわ)村に接する。

御嶽堂(みたけどう)集落の北にある桂園(けいえん)寺境内に永徳三年(一三八三)銘の割石板碑がある。小野寺家系図(小野寺氏研究資料)では永正一三年(一五一六)没の道実が三梨善四郎を名乗っている。天正一八年(一五九〇)太閤検地による年貢徴収の算用書写(色部文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、三梨氏の小野寺氏からの独立性がみられる。

正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には三梨子一千四一三石とある。宝永二年(一七〇五)の雄勝郡村々御黒印高牒(秋田県庁蔵)によれば高は本田一千二五四石五斗二升七合、新田八五一石一斗八升、計二千一〇五石七斗七合(当高二千九石九斗三升二合)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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