三毛門村(読み)みけかどむら

日本歴史地名大系 「三毛門村」の解説

三毛門村
みけかどむら

[現在地名]豊前市三毛門

沓川くつがわ村・久松ひさまつ村の東、佐井さい河口左岸近くに位置し、北は周防灘に面する。佐井川は古くは御木みけ川といい、河口の渡口を御木川門みけのかわとといったことから転じ村名となったとの説がある(築上郡史)。正和二年(一三一三)六月二日とみられる鎮西下知状(宮成家文書/鎌倉遺文三二)によれば、宇佐宮神官盛継の領地であった上毛こうげ郡の「三毛門大路田地六段」は宇都宮氏一族の大和八郎信茂が知行していたが、神領興行法により盛継に返付せよとの鎮西探題北条政顕の下知があった。貞和六年(一三五〇)一二月、大友道性は足利直冬に重代相伝、当知行地である三毛門村などの地頭職安堵を要請する申状(新田文書/南北朝遺文(九州編)三)を提出し、同月二七日に安堵の裏書を受けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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