日本歴史地名大系 「三池藩陣屋跡」の解説
三池藩陣屋跡
みいけはんじんやあと
[現在地名]大牟田市新町
柳川から三池宿を経て肥後領に通じる三池街道沿いにあった三池藩立花氏一万石の陣屋。柳川城主立花宗茂の実弟高橋統増は、慶長五年(一六〇〇)の関ヶ原合戦で兄とともに豊臣方に付いたため所領を没収され浪人するが、のちに許されて江戸幕府に仕官、同一八年常陸
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
柳川から三池宿を経て肥後領に通じる三池街道沿いにあった三池藩立花氏一万石の陣屋。柳川城主立花宗茂の実弟高橋統増は、慶長五年(一六〇〇)の関ヶ原合戦で兄とともに豊臣方に付いたため所領を没収され浪人するが、のちに許されて江戸幕府に仕官、同一八年常陸
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