日本歴史地名大系 「三津郷」の解説
三津郷
みつごう
「和名抄」高山寺本は「美豆」、同書伊勢本・東急本は「美都」と読む。天平勝宝四年(七五二)一〇月二五日の造東寺司牒(正倉院文書)に奈良東大寺に充てられた封戸一〇〇戸のうちとして「美馬郡御津郷五十戸」が現れている。この郷について「阿府志」は「此地清水村ヨリ州津村迄ヲ号スナリ」として、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
「和名抄」高山寺本は「美豆」、同書伊勢本・東急本は「美都」と読む。天平勝宝四年(七五二)一〇月二五日の造東寺司牒(正倉院文書)に奈良東大寺に充てられた封戸一〇〇戸のうちとして「美馬郡御津郷五十戸」が現れている。この郷について「阿府志」は「此地清水村ヨリ州津村迄ヲ号スナリ」として、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...