三苫・永浦遺跡群(読み)みとま・ながうらいせきぐん

日本歴史地名大系 「三苫・永浦遺跡群」の解説

三苫・永浦遺跡群
みとま・ながうらいせきぐん

[現在地名]東区三苫

玄界灘を見下ろす標高一〇―四〇メートルの丘陵上にある。平成四―六年(一九九二―九四)発掘。旧石器時代・縄文―弥生時代の集落と古墳時代の墳墓複合遺跡。弥生集落は四ヵ所にあり、最高所(J地区)には弥生中期の少数竪穴住居跡・土壙・建物跡があり、見張台などの役割をもつ高地性集落としての性格が考えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む