三蔵院跡(読み)さんぞういんあと

日本歴史地名大系 「三蔵院跡」の解説

三蔵院跡
さんぞういんあと

[現在地名]高野町高野山

慈光じこう院の南にあったが(文化一〇年高野山細見絵図)、現存しない。「諸院家析負輯」は花王けおう院覚海(貞応二年没)初めに出すが、高野八傑の一人日円房覚和(覚阿)開基とするらしい。覚和は文保二年(一三一八)頃まで当院に住し、のち成就じようじゆ院に移ったが、その後江戸時代初期まで住持の名はわからない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む