三離橋(読み)みちやーりばし

日本歴史地名大系 「三離橋」の解説

三離橋
みちやーりばし

前良まいら川河口に架かる橋で現在は前良まいら橋と称する。北の大枝うぶた(現後良橋)に対してぱいの橋ともいい、近世には西表いりおもて島南回りの宿道に架かる重要な橋であった。正保国絵図には前良川に橋はみえず、「歩渡り」と記されている。橋北詰の東側に康熙五四年(一七一五)改修時の記念碑がある。それによると、左右を川に挟まれている古見くん村では田はすべて川向うにあり、康熙二九年西表の前波照間親雲上(錦芳姓用恒)領民とともに木橋を架けた。しかし橋面が狭く水や柴を担いで渡ることはできず、葬送もままならなかった。そこで同五四年に古見首里大屋子長休が在番・頭の許可を得て七月一三日に改修工事に着工、同月三〇日に竣工したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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