日本歴史地名大系 「上三坂村」の解説
上三坂村
かみみさかむら
三坂川上流部の阿武隈高地の山中にあり、南東は

まちなか井孫四郎殿知行分

あゐそへ候て、三坂七郎殿」へ去渡され、岩城氏は三坂氏を自領の北西の重鎮として遇した。三坂氏は長禄年間(一四五七―六〇)には
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
三坂川上流部の阿武隈高地の山中にあり、南東は

まちなか井孫四郎殿知行分

あゐそへ候て、三坂七郎殿」へ去渡され、岩城氏は三坂氏を自領の北西の重鎮として遇した。三坂氏は長禄年間(一四五七―六〇)には
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...