上土狩村(読み)かみとがりむら

日本歴史地名大系 「上土狩村」の解説

上土狩村
かみとがりむら

[現在地名]長泉町上土狩・桜堤(さくらづつみ)一―三丁目

中土狩村の北に位置し、北西は納米里(なめり)村。本村の西に惣(そう)ヶ原(はら)新田があり、同新田は慶安元年(一六四八)には分村していたことが確認される(長泉郷土誌)。天正一八年(一五九〇)の小田原の陣に際し、豊臣秀吉軍の関東下向に必要な陣屋を、徳川氏家臣松平家忠が「そうか原」に設営、家忠は三月二日と一六日の二度にわたり吉原(よしわら)(現富士市)と惣ヶ原の間を奔走している(家忠日記)。

明暦元年(一六五五)には相模小田原藩領(稲葉氏永代日記)、宝永五年(一七〇八)幕府領となり、享保元年(一七一六)小田原藩領に復した(安永六年「村明細帳」長泉郷土誌など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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