上寺跡(読み)うえんてらあと

日本歴史地名大系 「上寺跡」の解説

上寺跡
うえんてらあと

[現在地名]御所市大字玉手小字上寺

玉手たまで山北麓台地にあった寺。宝暦六年(一七五六)の「満願寺略縁起」に「本堂本尊・方丈仏・観世音菩薩、是ハ玉手ノ城下、上寺ノ本尊也、昔炎焼ノ時当村与助ト言ヒシ人、背ニ負ヒ帰リ、其ノ孫弥市、満願寺ニ上ル、今ニ観音屋敷ノ古跡アリ」とあり、大正九年(一九二〇)付近から銅造歓喜天像が出土したという。現御所市満願まんがん寺には上寺から移したという藤原様式の十一面観音、薬師堂には同じく上寺から移したという阿弥陀如来(鎌倉時代)安置

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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