ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
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vara、すなわちアバロキタ(観)とイーシュバラ
vara(自在)との合成語で、衆生(しゅじょう)の苦悩を観ずること自在なるものという意味である。中国における旧訳(くやく)では観音、観世音の名称が用いられるが、7世紀の玄奘(げんじょう)の漢訳では観自在の名称である。また密教では多くの場合に観自在の名称が用いられることが多い。さらに救世(くせ)菩薩、施無畏(せむい)菩薩、補陀大士(ふだたいし)、南海(なんかい)大士などの異名もある。[壬生台舜]
械枷鎖(ちゅうかいかさ)難、怨賊(おんぞく)難)を救うために、種々の姿を現すと説く。そこに説く三十三身は、のちに「三十三観音」あるいは「三十三所札所」信仰の基礎となった。『妙法蓮華経』は鳩摩羅什(くまらじゅう)が406年に訳出したが、それ以前に竺法護(じくほうご)が268年に『正法華経(しょうほけきょう)』を訳出した。さらに601年に闍那崛多(じゃなくった)が『添品(てんぽん)法華経』を訳出した。現存の鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』第25の「観世音菩薩普門品」は本来、偈頌(げじゅ)の部分がなかったが、『添品法華経』から付加したものである。インド仏教において『法華経』よりやや遅い成立と考えられる『無量寿経(むりょうじゅきょう)』には、阿弥陀如来(あみだにょらい)の脇侍(きょうじ)として観音と勢至(せいし)の2菩薩が取り上げられている。これは、観音の慈悲と現世の衆生救済能力が優れているという考えから、来世を願う信仰に導く阿弥陀如来にとってそのかわりとなりうる補処(ふしょ)の菩薩として最適であるとされるからである。[壬生台舜]
(げんぼう)の筑紫(つくし)(福岡県)観世音寺千手観音、実忠(じっちゅう)の東大寺二月堂十一面観音、道鏡(どうきょう)の下野(しもつけ)(栃木県)薬師寺如意輪観音などのような密教的な観音像に対する信仰がみられる。正倉院古文書には『観音経』や陀羅尼(だらに)の書写、あるいは古記録に残る観音像造立の記録などが残っているが、現存するものとしては、法隆寺の百済(くだら)観音像や四十八体仏中の辛亥(しんがい)年銘(651)の観音菩薩立像が代表的な上代の観音像である。この時代の観音信仰は、天災、疫病あるいは兵乱の鎮定という現世利益(げんぜりやく)を期待して、国家的受容の形で行われた。その後10世紀ころになると、観音信仰は抜苦与楽を願う個人的な信仰へと移っていく。ここに霊験(れいげん)の多い観音霊場が求められ、観音を本尊とする寺院の建立が盛んになり、長谷寺(はせでら)、石山(いしやま)寺、清水(きよみず)寺、粉河(こかわ)寺などが有名となった。さらに観音三十三身に数をあわせた西国三十三所の霊場信仰がしだいに定着する。近世になると、坂東(ばんどう)三十三所、秩父(ちちぶ)三十三所など地方的な札所巡礼が盛んになる一方、儀式のうえにも説話文学にも観音信仰が浸透していった。[壬生台舜]
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…インド一般ではイーシャの代りにこれと同じ意味をもつイーシュバラĪśvaraの呼称も用いられ,これを中国仏教では〈自在〉と訳す。オエショの像のある貨幣の重要さからみて,当時この神の信仰は非常に盛んであったことがわかり,この信仰が大乗仏教に観世音菩薩を生み出す契機をもたらしたと思われる。仏教ではイーシュバラにその属性を示す修飾語〈見守るものavalokikā〉をつけてアバローキテーシュバラAvalokiteśvaraとしたものと思われる。…
※「観世音菩薩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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