上小房村(読み)かみおぶさむら

日本歴史地名大系 「上小房村」の解説

上小房村
かみおぶさむら

[現在地名]蒲生町桜川東(さくらがわひがし)

寺(てら)村の北西、佐久良(さくら)川北岸に位置し、東部を御代参(ごだいさん)街道が南北に貫き、佐久良川上流域の諸村へ通じる通称桜谷(さくらだに)通が大井(おおゆ)用水に沿って東西に走る。御代参街道に沿う栩原(とちわら)神社前にはおせん茶屋とよばれる茶屋があり、また文政一三年(一八三〇)の絵図(上小房区有)には同街道沿いに「出屋敷」とみえ、東方の街道沿いに新たな垣内(集落)がつくられた。かつては西隣の下小房村と合せ、小房と称され、応永二五年(一四一八)四月一九日の足子交名(今堀日吉神社文書)に「おふさの ひこ太郎」とみえ、戦国期のものと推定される得珍保海草等馬足子交名(同文書)にも「おふさの馬五郎 弥太郎 中介」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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