上暮地村(読み)かみくれちむら

日本歴史地名大系 「上暮地村」の解説

上暮地村
かみくれちむら

[現在地名]富士吉田市上暮地一―八丁目・上暮地

小明見(こあすみ)村の北西、北東流する桂川の左岸にあり、川沿いは剣(けん)丸尾、西側には三ッ峠(みつとうげ)山より南に延びる尾根が連なる。桂川を挟んで北東は倉見(くらみ)村(現西桂町)、北は小沼(おぬま)村・下暮地村(現同上)、南西は剣丸尾上で下吉田(しもよしだ)村に接する。三ッ峠の尾根を境として西側は川口(かわぐち)村(現河口湖町)。「日蓮聖人註画讃」に「呉地」とみえる。上暮地村の名は文禄―慶長期(一五九二―一六一五)のものと推定される四郡高〆控にみえ、高一六九石余。慶長古高帳では高二六石余とある。寛文九年(一六六九)の検地帳(志村好治家文書)では田八一石余・畑九六石余・寺持三石余の計一八一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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