上沢寺(読み)じようたくじ

日本歴史地名大系 「上沢寺」の解説

上沢寺
じようたくじ

[現在地名]身延町下山

富士川とはや川の合流点の南西粟倉あわぐら山の麓に位置する。法喜山と号し、日蓮宗本尊は十界曼荼羅。「寺記」に文永一一年(一二七四)法喜坊日受を開山として建立されたとあるが、寺伝ではもと真言宗の道場であった。同年身延山に入山した日蓮に対して住持法喜は法論を挑み敗れたが、同じく敗れた真言宗金胎きんたい(現増穂町の妙法寺)の善智と謀って日蓮の殺害を企てた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む