上矢馳村(読み)かみやばせむら

日本歴史地名大系 「上矢馳村」の解説

上矢馳村
かみやばせむら

[現在地名]佐和田町上矢馳・長木ながき

石田いしだ川の左岸台地に入りくんだ奥の比較的浅い市野沢いちのさわの沢に挟まれ、台地が平野にせり出している。西は石田村、北は市野沢村、東は和泉いずみ村・下矢馳村(現金井町)、南は八幡やはた村。江戸時代以前、上・下両矢馳村は現在地より南の低地字沖の城おきのじよう付近にあったが、水害のために台地に移住し、その結果遠く離れて二村となったといわれる。戦国期には矢馳城を中心に集落が形成されていたと考えられ、城跡が当村中央部の上矢馳の町に面する高台にあり、付近にはほり城の内じようのうちしろなどの地名が残る。道は西方沢根さわねへ行く道と北西方真光寺しんこうじへ行く道があり、分岐点は札の辻ふだのつじとよばれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む