上赤塚村(読み)かみあかつかむら

日本歴史地名大系 「上赤塚村」の解説

上赤塚村
かみあかつかむら

[現在地名]板橋区赤塚二―六丁目・同八丁目・赤塚新町あかつかしんまち二丁目・三園みその一―二丁目・成増なります一―四丁目・高島平たかしまだいら五―六丁目・新河岸しんがし二―三丁目

下赤塚村の西に位置し、西は(「風土記稿」にみえる現白子川)を挟んで新座にいくら下白子しもしらこ(現埼玉県和光市)北方に荒川に至るまで入会地徳丸とくまる原の湿地が広がる。中世赤塚郷に含まれ、近世初期の板倉勝重との関係、および江戸前期の赤塚村からの分村の経緯は下赤塚村と同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む