上雨ヶ谷村(読み)かみあまがいむら

日本歴史地名大系 「上雨ヶ谷村」の解説

上雨ヶ谷村
かみあまがいむら

[現在地名]茨城町上雨ヶ谷

ともえ川の左岸に位置し、北は小幡おばた村。年未詳の鹿島神宮所領日記(鹿島神宮文書)に「にしあめかい・ひかしあめかい」の地名がみえる。中世は宍戸氏の支配下にあった。江戸時代には天領旗本領になり、元禄郷帳に「上雨ケ谷村」とみえる。幕末は天領九九・四石余で、旗本知行地は川野・中山・坂上曾我各氏が各三五・二石余(各村旧高簿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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