コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

上馬養 かみの うまかい

2件 の用語解説(上馬養の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上馬養 かみの-うまかい

718-? 奈良時代の官吏。
養老2年生まれ。河内(かわち)(大阪府)の人。東大寺写経所の校生(校正係)などをへて主典(さかん)となり,同所の財政運営にあたる。近江(おうみ)石山寺の造営事業にもたずさわった。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

上馬養

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:養老2(718)
奈良時代の下級官人。光明皇后の発願した写経事業の校生(校正係)として出勤を始め(739),その後写経事業が東大寺に移管されるとともに自らも,東大寺写経所で校生となり,さらに同所の案生として経典,雑物などの出納係となった。また,近江国石山(大津市石山)に造営された東大寺の別院ともいうべき石山寺の造営事業にもたずさわるなどした。造営のほか経営の才にも恵まれていたらしく,物品の売買や月借銭(高利貸)の運用にも当たった。ただし身分は史料にみえるかぎり,57歳で正六位上の位階にとどまっており,その一生は下級官人として過ごしたものと思われる。彼の署名のある古文書正倉院文書中に多数残されている。本籍は河内国大県郡津積郷(柏原市)にあった。<参考文献>鬼頭清明『日本古代都市論序説』

(鬼頭清明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

上馬養の関連キーワード海竜王寺官人新薬師寺光明子下級官庁大粮置始長谷忍坂王紀女王田口家守

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone