下り山窯跡群(読み)さがりやまようせきぐん

日本歴史地名大系 「下り山窯跡群」の解説

下り山窯跡群
さがりやまようせきぐん

[現在地名]錦町一武 狩政・火口出

人吉盆地の南縁部、白髪(しらが)岳山系の一つである大平(おおひら)山(一一〇〇・五メートル)の北側山麓の狩政(かりまさ)・火口出(ほくつて)に位置する。昭和四一年(一九六六)の調査で、九基の須恵器窯跡が発見されたが、ほかにも埋没している可能性が強い。標高二〇四―二二〇メートル前後の、傾斜角二五―三五度の斜面に築かれた地下式登窯・半地下式平窯で、長さは三メートル前後から五・四メートルのものがあり、五号窯には分焔柱が設けられている。各窯および灰原からは多量の須恵器が出土しており、蓋坏・盤・高盤・鉢・甕・瓶子形壺などがある。特殊な製品として、紡錘車と円面硯が出土している。八号窯の敷台として使用されていた甕の胴部破片に

<資料は省略されています>

の刻銘がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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