日本歴史地名大系 「下り松」の解説 下り松さがりまつ 京都市:左京区一乗寺村下り松[現在地名]左京区一乗寺下り松町瓜生(うりゆう)山の北西麓、比叡山に登る雲母坂(きららざか)に続く坂にある古松の名であるが、その辺りの地名ともなる。「梁塵秘抄」に「根本中堂へ参る道、鴨川は川ひみつし、観音院の下り松、ならぬ柿の木人やどり」とみえるように、比叡山への登山口の目印とされた。この辺りは西坂本の名でもよばれ、古くより軍事的にも重要な意味をもつ。「平家物語」巻一の「御輿振」に安元三年(一一七七)四月一三日のこととして、「さがり松・きれ堤・賀茂の河原、糺・梅たゞ・柳原・東北院のへんに、しら大衆・神人・宮仕・専当みちみちて、いくらと云数をしらず」と述べられ、「太平記」巻一五には、赤松氏が此処に軍勢を集結していたことが語られている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報