下万願寺村(読み)しもまんがんじむら

日本歴史地名大系 「下万願寺村」の解説

下万願寺村
しもまんがんじむら

[現在地名]加西市下万願寺町

上若井(かみわかい)村の北東、上道山(かみみちやま)村の北に位置し、万願寺川の上流域に立地する。北は上万願寺村、西は神東(じんとう)郡上瀬加(かみせか)村(現市川町)。中世は在田上(ありたかみ)庄に属し、満願寺(まんがんじ)村と称した。白雉二年(六五一)法道の開基と伝える満願寺という天台宗の名刹があり、この寺号が地名の起源という。現上万願寺町の東光(とうこう)寺が所蔵する観応元年(一三五〇)一二月一四日銘の梵鐘の追銘に、文禄四年(一五九五)八月一一日の紀年銘とともに満願寺鐘とみえる。慶長国絵図には万願寺とみえ、その後分村したとみられる。正保郷帳に下万願寺とみえ、田方二〇〇石余・畑方三九石余。領主の変遷は寛保元年(一七四一)までは下若井村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む