下久徳村(読み)しもぎゆうとくむら

日本歴史地名大系 「下久徳村」の解説

下久徳村
しもぎゆうとくむら

[現在地名]蒲生町下久徳

前郷(まえごう)川およびその下流の蒲生川の南岸に位置し、対岸は上久徳村。中世から久徳村が延宝四年(一六七六)に分村する経緯は上久徳村と同じ。「三州御治世要覧」に下久徳村とみえ、延享(一七四四―四八)頃の高一千四八一石余。旧高旧領取調帳では高一千五二七石余。近世後期の私領高等取調帳では持切在として当村の一千四九七石余が越前島津家(重富島津氏)の私領となっており、嘉永四年(一八五一)には高一千五八八石余(うち越前島津家領一千四九四石余)、田方六二町六反余・畑方二四町余・屋敷七町四反余(蒲生郷土誌)。なお越前島津家は元文二年(一七三七)に再興されたが、当村の大部分がその私領となった時期は未詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む