下佐谷村(読み)しもさやむら

日本歴史地名大系 「下佐谷村」の解説

下佐谷村
しもさやむら

[現在地名]千代田村下佐谷

北は山本(やまもと)村、南は中佐谷村。弘安大田文に「常安佐谷二十七丁」とある。中世は佐谷郷に属し、大掾氏一族が支配した(「平経幹申状案」金沢文庫文書)。天正末期に佐竹氏の支配下に入り、慶長七年(一六〇二)以後江戸時代は志筑本堂氏領であった。元禄郷帳の村高は七一一石余、文政一一年(一八二八)の戸数四〇(農間渡世の居酒屋二)・人数二一一(「三十六ケ村家数人数之覚」豊崎家文書)。


下佐谷村
しもさだにむら

[現在地名]上宝村下佐谷

高原(たかはら)川支流下佐谷川の中流山間部にあった小村で、長倉(ながくら)村枝村細越(ほそごえ)まで約六キロ。元禄飛騨国検地反歩帳によると、高原郷に属し、高三石余、田二畝余・畑一町七反余。「飛騨国中案内」では免二割五分三厘余、家数七。天明八年(一七八八)の村明細帳によると、畑五石余・反別二町五反余、新田として畑四石余・反別二町五反余、家数八、男三二・女三一、牛六、猟師鉄砲二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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