下六条村(読み)しもろくじようむら

日本歴史地名大系 「下六条村」の解説

下六条村
しもろくじようむら

[現在地名]上板町下六条

佐藤塚さとうづか村の西、吉野川北岸にある。名西みようざい郡に属する。北は板野郡椎本しいのもと村、南は吉野川を隔てて名西郡東覚円ひがしかくえん(現石井町)。ほぼ中央部を高志たかし川が北西から南東へ流れ吉野川に入る。地名は古代の条里制にちなむものと思われる。慶長二年(一五九七)の分限帳に下六条とみえ、五四石余が五十君三右衛門知行分、一〇〇石が片山次左衛門知行分。片山知行分は慶長三年安楽寺九郎左衛門に百姓一二人とともに加増された。そのほか板西ばんざい郡の六条村として各五〇石が和田新右衛門と田川彦七郎の知行分としてみえる。正保国絵図には名西郡の六条村とみえ、上六条村と一括されて高三五九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む