下嘉万中村遺跡(読み)しもかまなかむらいせき

日本歴史地名大系 「下嘉万中村遺跡」の解説

下嘉万中村遺跡
しもかまなかむらいせき

[現在地名]秋芳町大字別府 中村

厚東ことう川の上流部、秋吉あきよし台西麓の嘉万盆地の盆地床にあり、標高八六メートル前後の沖積段丘に立地し、カルスト性の湧水白水しらみず川にひかれて成立した弥生時代以降の村落遺跡である。昭和四四年(一九六九)発見され、試掘調査が行われた(「中村遺跡調査概報」山口県教育委員会・一九六九年)

遺構には、弥生土器が出土した隅丸長方形の土壙二基、古墳時代末期と推定される竪穴住居跡の一部と中世の柱穴などがある。出土遺物は、弥生時代の壺形土器が多く、頸部に押捺刻目の紐帯をめぐらし、肩部の文様帯にはいずれも貝殻施文具で木葉文・羽状文・変形鋸歯文・重弧文などを施している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む