日本歴史地名大系 「嘉万村」の解説
嘉万村
かまむら
[現在地名]秋芳町大字嘉万・大字別府
現秋芳町の北西部を占め、
古代は「和名抄」記載の「賀万郷」の地とされ、「延喜式」にみえる古代の陰陽連絡路は村内を通る。
下嘉万八幡宮旧蔵の大般若経の奥書に、応永三年(一三九六)五月、大内義弘が
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現秋芳町の北西部を占め、
古代は「和名抄」記載の「賀万郷」の地とされ、「延喜式」にみえる古代の陰陽連絡路は村内を通る。
下嘉万八幡宮旧蔵の大般若経の奥書に、応永三年(一三九六)五月、大内義弘が
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