下国安芸(読み)しもくに あき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「下国安芸」の解説

下国安芸 しもくに-あき

1809-1881 江戸後期-明治時代武士
文化6年生まれ。蝦夷(えぞ)地(北海道)松前藩士。天保(てんぽう)10年(1839)家老となる。明治元年佐幕派を追放した正議隊に擁せられ,藩政実権をにぎる。同年10月来襲した旧幕府軍に敗れ,藩主松前徳広(のりひろ)と弘前にのがれたが,翌年新政府軍とともに領地を奪回した。明治14年6月4日死去。73歳。名は崇教(たかのり)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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