下土口村(読み)しもどぐちむら

日本歴史地名大系 「下土口村」の解説

下土口村
しもどぐちむら

[現在地名]三川町土口どぐち

藤島ふじしま川左岸、上土口村の北方に位置。寛永六年(一六二九)上土口村とともに石原弥五右衛門の領地として横山よこやま村・押切新田おしきりしんでん村・横内よこうち村・横川よこかわ村および長沼ながぬま(現藤島町)家居かずえ新田村(現余目町)からの移住者によって開発された。元禄一二年(一六九九)の庄内領郷村帳(酒井家文書)に村名がみえ、高五二五石余。天保郷帳では高六三九石余。弍郡詳記でも同高を記し、免二ツ九分、家数四一。用水中川なかがわ堰の分水堰を利用。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む