コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

下城弥一郎 しもじょう やいちろう

2件 の用語解説(下城弥一郎の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

下城弥一郎 しもじょう-やいちろう

1853-1905 明治時代の実業家。
嘉永(かえい)6年3月9日生まれ。家は代々上野(こうずけ)(群馬県)伊勢崎藩の領内機業取締をつとめる。明治14年伊勢崎太織(のちの伊勢崎織物同業組合)を創立し,品質管理をはかり,伊勢崎銘仙の振興につくす。のち伊勢崎染織学校を創設。県会議長をつとめ,各種の公共事業にも貢献した。明治38年12月12日死去。53歳。名は茂実。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

下城弥一郎

没年:明治38(1905)
生年:嘉永6(1853)
明治期の群馬県伊勢崎の有力織元,買継商,織物同業組合長。諱は茂実。代々機業取締の家に生まれ,輸入化学染料の誤用による粗悪品を防ぐため,明治14(1881)年同業団体「伊勢崎太織会社」(のちの「伊勢崎織物同業組合」)を組織し,組合検査証を製品に貼付した。伊勢崎絹織物はこれを機に全国的に有名となり,のちに伊勢崎銘仙の大流行を招来した。25年緑綬褒章を受章。28年買継商を開業。また染織技術者育成の要を陳情し,国庫補助金を得て,29年伊勢崎染織学校(のちの県立工業学校)を設立。県会議員2期,さらに県会議長も勤めた。<参考文献>『伊勢崎織物同業組合史』,『佐波郡史』

(大島栄子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

下城弥一郎の関連キーワード伊勢崎市上武大学伊勢崎伊勢崎織伊勢崎銘仙織元磯甚蔵佐羽吉右衛門(3代)細野次郎森村采園

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone