下安久村(読み)しもあぐむら

日本歴史地名大系 「下安久村」の解説

下安久村
しもあぐむら

[現在地名]舞鶴市字下安久

田辺たなべ城下北方伊佐津いさづ川河口右岸から北方匂崎におざきにかけての五老ごろう岳西斜面に位置する。匂崎からは昭和一四年(一九三九)袈裟襷文のある銅鐸二個が発見されている。発見地は匂崎の海岸沿いに走る連丘の東側の裾である。

古代は余戸あまるべ(和名抄)中世には余部里あまるべのさと庄に属したと考えられる。慶長検地郷村帳に高二四四・三一石「下安久村」とみえる。江戸後期の土目録では二八〇石余、内訳は田方一九二石余、畑方二四石余、「検地打減」六三石余である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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